2008年07月01日
発掘調査・続行は無理なのか? 紫香楽宮跡

平城宮に匹敵するとも言われる紫香楽宮(現:滋賀県甲賀市信楽町)・・大正時代に史跡に指定され現在まで発掘調査が行われていますが財政難などで調査の続行が危ぶまれているようです。
・・・このニュースを知ってからにわかに紫香楽宮に興味が湧いてきました。

(正直それまではあまり関心を持っていなかった)

名前も信楽でなく紫香楽・・・何だか天平のロマンを感じさせてくれますね・・・

・・・そこで少し調べてみると・・・
紫香楽宮 (しがらきのみや)
742年(天平14年)聖武天皇が恭仁京(現、京都府)の離宮(現、甲賀市)を造立し行幸されたのが紫香楽宮(その後遷都)
頻繁に遷都を行った天皇として有名な聖武天皇・・なぜ、平城京→、恭仁京→難波京→紫香楽宮→平城京と僅か5年の間に四回も遷都が繰り返されたのか?
現在、奈良(東大寺)にある大仏は当初は紫香楽宮に造られる計画だった・・その真相は?
(大仏造立が目的で紫香楽宮が造られたと言う説もあるようで・・。)
鍛治屋敷遺跡(信楽町)と大仏造立との関係?(鋳造中の大仏が何故、平城宮へ?)
甲賀寺・・焼失の謎? 天災(地震や山火事)と平城宮への遷都は関係があるのか?
・・・などなど謎や不思議もいっぱいある事が少しづつ分かってきました・・・!!

★300以上もの礎石が完全な形で残り、貴重な資料となる木簡なども数多く出土している紫香楽宮!!
未だまだ多くの資料が眠っていると言われています。
このまま発掘調査が中止されると、まだ未知・未発見(あるかもしれない?)の部分も開発の波に呑み込まれ
てしまう可能性もある訳で懸念されます。
せめて全容解明できるまで調査の続行を出来ないものなんでしょうかね?

